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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)279号 判決 1975年12月25日

昭和四九年(ネ)第二五四号事件控訴人 同年(ネ)第二七九号事件被控訴人 第一審原告 結文商事こと 山本一郎

右訴訟代理人弁護士 小谷野三郎

同 中村巌

同 中島喜久江

同 吉永満夫

同 藍谷邦雄

右訴訟復代理人弁護士 吉田健

昭和四九年(ネ)第二五四号事件被控訴人 同年(ネ)第二七九号事件控訴人 第一審被告 各務良幸

右訴訟代理人弁護士 高木新二郎

同 大塚一夫

同 赤木巍

同 下村文彦

同 田中慎介

主文

一、第一審原告の主位的請求に関する控訴を棄却する。

二、第一審原告及び第一審被告の控訴に基づき、予備的請求に関する原判決の主文第二項を次のとおり変更する。

(一)  第一審被告は第一審原告に対し金参百五拾万円及びこれに対する昭和四拾五年九月拾弐日から支払済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。

(二)  第一審原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを十分し、その八を第一審被告の、その余を第一審原告の各負担とする。

四、この判決は、第二項(一)の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一審原告代理人は、昭和四九年(ネ)第二五四号事件につき「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し金三九七万五四三〇円及びこれに対する昭和四五年九月一二日から支払済に至る迄の年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との旨の判決及び仮執行の宣言を求め、同第二七九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。第一審被告代理人は、昭和四九年(ネ)第二五四号事件につき控訴棄却の判決を求め、同第二七九号事件につき「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下のとおり付加するほかは原判決の事実摘示と同一である。(但し、原判決の一二枚目裏七行目の「甲第一ないし六号証」とあるのを「甲第一ないし第四号証、第六号証」とあらため、原判決の別表(一)、(二)を本判決の別表(一)、(二)のとおりにあらためる。)

≪証拠関係省略≫

理由

一、主位的請求について

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を斟酌するも、第一審原告の主位的請求たる保証債務の請求は、表見代理及び追認の主張を含め、失当であって、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の理由中第一項ないし第四項の説明と同一であるから、右説明を引用する。≪証拠判断省略≫

二、予備的請求について

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、第一審原告は、青果物及び青果物加工品の仲卸業を営むものであるが、昭和四五年四月一〇日訴外各丸産業株式会社(専務取締役斉藤要)との間で青果物等の継続的取引契約を締結し、同日以降同年五月四日迄の間に別表(一)記載のとおり代金合計金六三四万六三二五円相当の青果物を訴外会社に売渡したが、訴外会社は右売買代金の内金二三七万〇八九五円を支払っただけで、残額金三九七万五四三〇円を支払わないまま同年同月一三日倒産し、第一審原告において右売買残代金を回収することが事実上不可能となり、右残代金に相当する損害を蒙ったことが認められ、かつ第一審被告が右取引期間中訴外会社の代表取締役であったことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、第一審原告が蒙った右損害につき、第一審被告が訴外会社の代表取締役として商法第二六六条の三の規定により第一審原告に対し賠償義務を負うべきであるか否かについて検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば、およそ以下の事実が認められる。

訴外会社は、もともと訴外斉藤要がその経営を企画したものであるが、右斉藤はかねてから第一審被告と顔見知りのものであったところ、訴外会社の経営を企画するに当り、第一審被告が著明な財界人であった亡豊川良平の子息で、知名度が高く、信用もあることからこれを利用しようと考え、昭和四四年八月頃第一審被告に対し、鶏卵や青果物等の販売を目的とする会社を経営しようと思うので、社長となって協力して貰い度いと申込み、第一審被告の承諾を得たうえ、登記簿上のみ存在するいわゆる休眠会社を利用し、同年一〇月二八日商号、本店所在地及び目的の変更登記並びに第一審被告、斉藤要及び訴外菊地淳が取締役に、第一審被告が代表取締役にそれぞれ就任した旨の登記を経由して訴外会社の体裁をととのえ、その頃営業を開始した。

右斉藤要は、詐欺の前科を有しながら、その事実を秘して第一審被告に近づいたものであるが、第一審被告は軽率にも斉藤を信用して訴外会社の専務取締役とし、同人に訴外会社の経営を一任し、第一審被告は大口の販売先や取引銀行を訴外会社に紹介する程度で、代表取締役印も斉藤に託し、訴外会社の経営に殆ど関与せず、前記菊地淳も名前だけの取締役で、訴外会社の経営に関与していなかった。第一審原告との取引を始めるに当っても、斉藤がその折衝に当ったのであるが、その際斉藤は第一審原告に対し、訴外会社は社長である第一審被告が旧三菱発起人の故豊川良平氏の子息であって、各界の信望が厚く、しかも社長自ら営業に先駆し、巨大な推進力を有する会社であり、都内及び京浜地区の有力なホテル、デパート、食料品店、協同組合等に販売しまたは販売が約束されている旨を記載した会社経歴書と題する書面を提示し、かつ右斉藤が第一審原告と訴外会社との間の取引契約書に訴外会社の保証人として第一審被告の氏名を記入し、その名下に第一審被告の実印を押捺し、第一審原告をして第一審被告が訴外会社の保証人となったものと信用させ、訴外会社との取引を開始するに至らせたものである。

ところで、斉藤の経営は甚だ放漫かつ杜撰であって、第一審被告より紹介された大口の販売先に契約どおりの商品を届けず、或いは商品を横流ししたりなどして次第に取引先の信用を失い、取引を停止されるか取引額を減少され、資金状態も悪化し、昭和四五年三月末頃には手形の決済にも苦慮するようになり、斉藤が訴外会社の従業員として雇入れた詐欺の前科を有する訴外矢谷恭と共謀して仕入れた商品を訴外会社に入荷せず、正常な取引によらないで安売り(バッタ売り)を行い、その結果訴外会社をして同年五月一三日倒産するに至らせたものである。

その間第一審被告は、訴外会社の代表取締役の地位にありながら殆ど会社に出勤したことがなく、斉藤要に経営を一任したままその業務執行に対する監視を怠り、訴外会社の倒産に至る迄取締役会を開いたこともなく、帳簿類を検閲して経理状況を把握することもせず、経営の実態を知らないまま斉藤らの不正な業務執行を放置し、取引銀行より手形の決済が順調に行われていないとの注意を受け、また訴外会社の運転手から斉藤らが不正な安売りを行っているとの報告を受けながら、なにら適切な措置を採らなかったものである。

およそ以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫而して右認定の事実によれば、第一審被告が訴外会社の代表取締役の地位にありながら、専務取締役の斉藤要に会社の経営を一任したまま同人に対する監視義務を怠り、同人の不正な業務執行を看過したことは重大な過失によってその職務を懈怠したものといわざるを得ず、その結果訴外会社の倒産を招き、第一審原告に前記の損害を蒙らせたものであるから、第一審被告は商法第二六六条の三の規定により第一審原告に対し右損害の賠償義務を負うべきものといわなければならない。なお、≪証拠省略≫において、第一審被告は斉藤要に頼まれ、単に名目上の代表取締役となることを承諾したに過ぎず、訴外会社の帳簿の閲覧や斉藤らの業務執行に対する監視義務も斉藤らの妨害によって果せなかったものであると供述するが、たとえこれらの事実があったとしても、これにより第一審被告が訴外会社の代表取締役としての前記の損害賠償義務を免れ得るものということはできず、他に第一審被告の免責を認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に第一審被告の過失相殺の主張について検討する。(なお、消滅時効の抗弁は、第一審被告が訴外会社の保証人と認定される場合には、訴外会社の第一審原告に対する債務の消滅時効を援用するというのであって、第一審原告の主位的請求に関する抗弁と解せられるから、これ以上の判断をしない。)

前記認定のとおり、第一審原告は訴外会社の専務取締役である斉藤要が提示した会社経歴書により訴外会社が信望の厚い第一審被告によって経営され、有力な販売先を有する手堅い会社であり、かつ右斉藤が第一審被告の実印を押捺して作成した契約書により第一審被告が訴外会社の債務につき保証をしたものと信じて訴外会社との取引を開始したものであり、更に≪証拠省略≫によれば、第一審原告は訴外会社との取引を開始するに当り興信所に依頼して訴外会社の信用状況を調査していることも認められ、これらの事実によれば、第一審原告が訴外会社と取引を開始するに当っては社会通念に照らし相当と認められる注意義務を尽したものということができるから、たとえ第一審原告がその当時斉藤に詐欺の前科があることを明らかになし得ず、また既に訴外会社の経営状態が悪化し、斉藤らが不正な安売りを行っていたことに気づかなかったとしても、直ちに訴外会社と取引を開始したことについて第一審原告に過失があるということはできない。

しかし、≪証拠省略≫によれば、第一審原告と訴外会社との間の取引契約書の上では訴外会社は売買取引後三日目に代金を支払うべきものと定められていたが、実際の支払状況は別表(一)及び(二)記載のとおりであって、第一審原告は昭和四五年四月一〇日の取引代金五八万〇九二〇円につき同月一五日額面金二一万九九〇〇円及び同月一六日額面金三六万一〇二〇円の各小切手の交付を受けたところ、右金二一万九九〇〇円の小切手は順調に決済されたが、右金三六万一〇二〇円の小切手は銀行を通じての決済ができず、一旦買戻しをしたうえ、同月二一日及び二二日に直接現金で支払がなされたのを始めとして、同月一三日の取引代金八〇万六三八〇円の支払のため交付された小切手についても訴外会社において決済できず、同月二三日現金で支払がなされ、取引開始の頃から約定の代金支払期日に履行されない状況であったので、第一審原告は使用人の訴外加藤貞雄をして第一審被告に面会させ、訴外会社の経営状況や第一審被告の保証意思を確認しようと試みたが、斉藤らによって第一審被告と面会することを妨げられ、右調査を果すことができなかったにも拘らず、それ以上の調査を行わないで、漫然と取引を継続したところ、同月一八日の取引代金三八万六三四五円につき同年五月一日現金で三〇万円の内払がなされた以後、小切手は不渡となり、現金での支払もなされず、同月四日迄取引を継続したが売掛残代金が増大する一方となったので、同日取引を中止するに至ったものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、第一審原告が訴外会社より交付された小切手の決済状況が取引開始の頃から順調ではなく、しかも第一審被告との面会も斉藤らによって果せなかった事情に照らし、第一審原告としては早期に斉藤らによる訴外会社の経営状況に不審を抱き、更に綿密な調査を行い、その結果が判明するまで取引を中断するか或いは少くとも取引量を減少させ、売掛代金の未収額の増加を防止すべき注意義務があったものというべきであるのに、第一審原告は右注意義務を怠ったため、必要以上に損害額を拡大させたものといわざるを得ない。従って、第一審原告の右過失は損害額の算定につきこれを斟酌すべきものと解するのが相当である。

而して、第一審原告の右過失と第一審被告の前記職務懈怠の態様、訴外会社の倒産の原因及び第一審原告と訴外会社との取引の状況、特にその期間が一ヶ月にもみたない短期間であったことなどを総合考慮し、第一審被告が第一審原告に支払うべき損害額は前記金三九七万五四三〇円の内金三五〇万円をもって相当とするものと考える。

三、結論

以上の次第で、第一審原告の主位的請求は失当であるからこれを棄却すべきものであり、予備的請求は金三五〇万円及びこれに対する本件訴状が第一審被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年九月一二日から支払済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であってこれを認容すべきであるが、その余は失当であってこれを棄却すべきものである。(なお、第一審原告は、予備的請求についても商事法定利率による遅延損害金の支払いを求めているが、商法第二六六条の三の規定による損害賠償の遅延損害金は民事法定利率によるものと解するのが相当である。)

よって、原判決中第一審原告の主位的請求を棄却した部分は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定により第一審原告の主位的請求に関する控訴を棄却し、原判決中予備的請求に関する部分は一部不当であるので、第一審原告及び第一審被告の各控訴に基づき、同法第三八六条及び第三八四条第一項の規定により予備的請求に関する原判決主文第二項を変更することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条及び第九二条本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

<以下省略>

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